本記事では、アメリカのADA法(米国障害者法)にもとづくウェブサイト訴訟の仕組みと最新データ、無印良品や紅花(Benihana)といった日系企業・日本発ブランドが実際に訴えられた事例、そして「英語サイトを公開すること自体がどこまでリスクなのか」という観点も含めた実務的な対策を、テキサス在住のマーケティングコンサルタントの視点から解説します。
【この記事の要点】
- 2025年の米国デジタルアクセシビリティ訴訟は5,000件超。連邦分だけで3,117件・前年比27%増、2026年は約6,200件ペースで過去最多見込み
- 無印良品の米国法人や紅花(Benihana)、個人経営の日本食レストランまで、日系企業・日本発ブランドが実際に提訴されている
- 訴えられた企業の6割以上は年商2,500万ドル未満の中堅・中小企業。標的の約7〜8割はECサイト
- 対策の軸はWCAG 2.1レベルAA。オーバーレイ型ウィジェットの後付けでは訴訟を防げない(FTCが誇大広告として100万ドルの和解措置)
ADA法とは?ウェブサイトも「店舗」と見なされる連邦法
年間5,000件超。データで見るウェブアクセシビリティ訴訟の今
標的の中心はECサイトです。2025年は全体の約7割、2026年上半期にいたっては79%がECを対象としており、飲食、アパレル、小売、ヘルスケアが続きます。州別ではニューヨークが連邦訴訟1,021件で最多。フロリダ、カリフォルニアに加え、イリノイ州は2025年上半期に前年比746%増と、新たなホットスポットになりました。
「大企業だけの話」でもありません。2025年上半期に訴えられた企業のうち、年商2,500万ドル(約37億円)を超える企業は36%。裏を返せば、6割以上は中堅・中小企業です。そもそもWebAIMの調査では、世界の上位100万サイトのトップページの約95%に何らかのアクセシビリティ上の問題が検出されており、「調べれば、ほぼどのサイトでも違反が見つかる」状態が訴訟の温床になっています。
無印良品も紅花も。日系企業が実際に訴えられた事例
Lopez v. Muji U.S.A. Limited(ニューヨーク南部地区連邦地裁、事件番号1:17-cv-10018)は、2017年末に視覚障害のある原告が小売各社を相次いで提訴した「大量提訴の波」の一件です。同じ時期に同じ原告側から、Lord & TaylorやOscar de la Rentaといった著名ブランドも軒並み訴えられており、無印良品はその標的リストに含まれていました。
Cruz v. Benihana(2022年)では、ロッキー青木氏が創業しアメリカで最も知られた日本食ブランドのひとつであるBenihanaに対し、サイトがスクリーンリーダーで利用できず商品・サービスへの平等なアクセスが妨げられているとして、ADA法に加えニューヨーク市人権法・ニューヨーク州民権法違反を主張する集団訴訟が提起されました。
大手だけではありません。ニュージャージー州の日本食レストランAikouのような、日本人経営の個人店クラスの飲食店も、アクセシビリティ訴訟の被告リストに実際に名を連ねています。日本本社が把握しないまま、米国現地法人や米国向けサイトが訴訟の当事者になっているケースは決して珍しくありません。
日本から英語サイトを公開しているだけでも訴えられるのか?
リスクが最も高いのは、米国に法人・実店舗・従業員がある場合です。ADA法の直接の適用対象であり、前述の連続提訴の標的リストにそのまま載ります。次に高いのが、日本法人のまま米国向けに販売やサービス提供をしている場合。米国への商品発送、ドル建て決済、米国顧客向けサポートなどの実態があれば、米国の裁判所が管轄を認める可能性は十分にあります。特にニューヨーク州の裁判所は、事業者の所在地を問わず「ニューヨーク在住者がそのサイトを利用できる」ことを根拠に訴えを受理する運用で知られており、和解金を求めるデマンドレターは国境を越えて届きます。
一方、英語サイトはあるものの米国での事業実態がまだない場合、米国裁判所の管轄権(personal jurisdiction)という壁があるため、現実に提訴されるリスクは限定的です。ただし油断は禁物です。第一に、将来の米国進出・展示会出展・現地法人設立の瞬間から、既存サイトはそのまま訴訟リスク資産に変わります。第二に、英語で世界に公開する以上、視界に入るのは米国だけではありません。EUでは2025年6月に欧州アクセシビリティ法(EAA:European Accessibility Act)が適用開始となり、EU域内の消費者向けにECやオンラインサービスを提供する域外企業も対象になりえます。「英語サイトを公開する=各国のアクセシビリティ法制の視界に入る」と捉え、米国売上がゼロの段階でも、制作時点からWCAG準拠で作っておくのが最も安上がりな保険です。
なぜ「突然」訴えられるのか?連続提訴というビジネスモデル
EcomBackの集計では、2025年上半期に提起された2,014件のうち、半数以上をわずか31人の原告が占めていました。特定の弁護士事務所が、ほぼ同一の文面の訴状を業種ごとに大量に提出する「シリアル・プレインティフ(連続原告)」構造です。近年はデマンドレター(事前の警告書)すら送らず、いきなり提訴する事務所も増えています。さらに生成AIの普及で訴状作成のハードルが下がり、弁護士を立てない本人訴訟(pro se)が連邦ADA Title III訴訟の約40%に達したという分析もあります。
「アクセシビリティ・ウィジェットを入れてあるから大丈夫」というのも危険な誤解です。2025年上半期の被告サイトの22.6%は、すでにオーバーレイ型ウィジェットを導入していました。米連邦取引委員会(FTC。日本の消費者庁と公正取引委員会を合わせたような連邦機関)は2025年1月、「ウィジェットだけで完全準拠できる」と宣伝した大手事業者accessiBeに対し、誇大広告として100万ドルの支払いを命じる和解を発表しています。ウィジェットは補助にはなっても、訴訟の盾にはならないのです。
訴えられたらいくらかかる?和解金と対応コストの相場
連邦のADA Title III自体は金銭賠償を定めておらず、命じられるのは是正(差止)と原告側弁護士費用の負担です。しかし前述のとおり、実際の訴訟ではニューヨーク州法・市法やカリフォルニア州Unruh法(1違反4,000ドル)が併せて主張されるため、金銭的な圧力は連邦法単体よりはるかに大きくなります。判決・和解まで争った著名例では、Target社が全米視覚障害者連合(NFB)との集団訴訟で600万ドルの基金に加え原告側弁護士費用約370万ドルを負担し、ハーバード大学は動画字幕を巡る訴訟の和解で150万ドル超の弁護士費用を支払いました。
日本円に換算すれば、中小企業でも最低数百万円、こじれれば数千万円規模の「予定外の出費」です。20〜30ページの英語サイトを最初からWCAG準拠で制作する費用のほうが、はるかに安い——これが米国市場の現実です。
中小企業でもできるADA対策。WCAG 2.1 AAを軸にした5つの実務
- 画像に代替テキスト(alt属性)を設定する。訴状で最も多く指摘される項目です。商品画像・バナー・図表に、内容が伝わる英語の説明文を付けます。装飾目的の画像は空のalt属性で読み飛ばさせます。
- キーボードだけで全操作できるようにする。マウスを使わずTabキーとEnterキーだけで、メニュー開閉からフォーム入力、カートの決済完了までたどり着けるかを確認します。
- 文字と背景のコントラスト比4.5:1以上を確保する。白背景に薄いグレー文字のようなデザインは、見た目が洗練されていてもWCAG違反です。
- フォームにラベルとエラー表示を実装する。問い合わせフォームと決済フォームは訴訟の主戦場です。各入力欄に読み上げ可能なラベルを紐付け、エラー内容をテキストで明示します。
- 動画に字幕(キャプション)を付ける。聴覚障害への対応です。ハーバード大学が訴えられたのもこの論点でした。
診断は、自動チェックツール(WAVE、axeなど)と、スクリーンリーダーの実機テスト(WindowsならNVDA、Mac・iPhoneならVoiceOver)の二段構えで行います。自動ツールで検出できる問題は全体の一部にすぎず、ウィジェット任せが通用しないのと同じ理由で、実際の読み上げ確認が欠かせません。あわせて、対応方針と連絡先を記した「アクセシビリティ・ステートメント」をサイトに掲載しておくと、誠実に取り組んでいる証拠となり、一定の抑止効果が期待できます。
コラム:WCAG 2.1とは?
WCAG(Web Content Accessibility Guidelines)は、Web技術の国際標準化団体W3Cが策定するウェブアクセシビリティの国際ガイドラインです。「知覚可能・操作可能・理解可能・堅牢」の4原則のもとに達成基準が整理され、適合レベルはA(最低限)、AA(標準)、AAA(最高)の3段階。米国の訴訟や司法省の規則で事実上の基準とされているのが、中間のレベルAAです。
「2.1」は2018年に勧告されたバージョンで、2008年の2.0に、スマートフォン利用・弱視・認知障害への配慮など17の達成基準を追加したもの。レベルA+AAの達成基準は計50項目になります(2.0は38項目)。コントラスト比4.5:1やキーボード操作に加え、画面を200%に拡大してもレイアウトが崩れない「リフロー」、スマホ画面の縦横両対応といったモバイル時代の要件が加わったのが特徴です。
なお、日本のJIS X 8341-3:2016は一つ前のWCAG 2.0と同一内容のため、日本の基準で制作したサイトでも、米国で問われる2.1対応には差分17項目の追加確認が必要です。最新版は2023年勧告のWCAG 2.2。米国の実務は当面2.1 AAが軸ですが、これから新規制作するサイトは2.2 AAでの準拠をおすすめします。
WordPressサイトなら:導入を検討したいアクセシビリティ・プラグイン
あわせて入れたいのがWP Accessibility(Joe Dolson氏製)。スキップリンク、フォーカス表示、ARIA属性など、テーマ側に起因する構造的な不備を無料で補修してくれるため、Accessibility Checkerとの併用が定番の組み合わせです。サイト全体を一括診断したい場合は、WCAG 2.2 A/AAとSection 508基準でスキャンできるWP ADA Compliance Check Basicも選択肢になります。
一方、accessiBeやUserWayに代表されるオーバーレイ(ウィジェット)型プラグインは、「入れるだけ」で完結する手軽さが魅力に見えますが、前述のとおり導入済みサイトも現に提訴されており、FTCの措置対象にもなりました。プラグインはあくまで「問題の発見と修正を効率化する道具」であり、HTMLそのものを直すことの代わりにはならない——この原則だけは押さえておいてください。
そして最大のポイントは、後付けの改修よりも、制作段階から組み込むほうが圧倒的に安いことです。AIを活用した制作フローであれば、alt属性の一括生成、見出し構造やコントラストの検証を、従来の人手の数分の一のコストで実装できます。しかも、適切なalt属性・論理的な見出し・構造化されたHTMLは、GoogleのSEOや、ChatGPT・AI Overviewsといった生成AI検索に引用されやすいサイト構造そのものです。アクセシビリティ対応は、法的リスクの回避と集客力の強化を同時に実現する投資だと私は考えています。
まとめ:訴状が届く前に、英語サイトの健康診断を
「うちの英語サイトは大丈夫だろうか」と少しでも不安を感じた方は、JU Marketingにご相談ください。テキサス在住のシニアコンサルタントが、AIを活用しながら、SEO・AI検索対応と一体でアクセシビリティの診断から改善までをサポートします。訴状が届いてからの数万ドルではなく、届く前の一手を。お問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。関連記事「アメリカのホームページ制作会社の選び方」もあわせてご覧ください。
出典・参考資料
- Seyfarth Shaw LLP「Federal Court Website Accessibility Lawsuit Filings Bounce Back in 2025」
- UsableNet「2025 Year-End Digital Accessibility Lawsuit Report」「ADA Website Compliance Lawsuit Tracker」
- EcomBack「2025 Mid-Year / Annual ADA Website Accessibility Lawsuit Report」
- WebAIM「The WebAIM Million」(上位100万サイトのアクセシビリティ調査)
- 米国司法省(DOJ)「Guidance on Web Accessibility and the ADA」
- 内閣府「1990年障害のあるアメリカ人法(2008年改正)」(ADA法の公定訳)
- DarrowEverett LLP「The Rising Tide of ADA Website Accessibility Litigation: 2025 Insights」
- ClassAction.org「The ‘Onslaught’ of ADA-Website Class Actions Is Real」(Lopez v. Muji U.S.A. Limited 掲載)
- Top Class Actions「Benihana class action alleges website not accessible to visually impaired, blind」
- Accessible.org「Industries Targeted by ADA Website Lawsuits」(Aikou Flemington, Inc. 掲載)
- 欧州委員会「European Accessibility Act(EAA)」
- 内閣府「障害を理由とする差別の解消の推進」(改正障害者差別解消法)
- Equalize Digital「Accessibility Checker」 / Joe Dolson「WP Accessibility」
JU Marketingについて
日本企業の海外展開、特にアメリカ市場におけるウェブ戦略・デジタルマーケティングを専門とするコンサルティング・ファーム。最新のSxEO(Search Everywhere Optimization)に基づき、ウェブ構築からコンテンツ制作、広告運用までを一気通貫でサポートします。




